2016/08/19 今こそ女性が自由に生きていける時代

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私の母は若干20歳で結婚をし、21歳で私を、22歳で妹を出産。そのあと義父母の度重なる入退院と子育てに追われて、学生の頃思い描いていた留学の夢は夢のままでした。
昭和30年台の日本、女性というのは、お嫁に行って、子供を産み、義理の親の介護に明け暮れ、孫の面倒を見て、老いていくというのが当たり前でした。

そんな母は、小さな私に沢山の英語の歌を教えてくれて、高校時代に英語を教えてくれたアメリカ人の宣教師から聞いた当時の日本とは全くスケール感の違う、自由で豊かな生活を私に味わってもらいたいと願っていました。

ですから私の中では「大きくなったら、留学する。」ということは当たり前の夢になっていました。

ただ私が高校生の頃は、やはり留学というのはハードルが高く、留学資金は親の援助プラス3つのアルバイトの掛け持ちでやっと実現することができました。

厳しかった父親の元から物理的に離れた生活を始めた時、私自身の本来の楽観的で、好奇心に満ち溢れた性格が開花したのを感じました。

とはいえ、カナダでの8年半の生活では、日本にいただけでは知りえなかった『心豊かな生活と、それに必要な独立心と強さ』を身につけることができました。また多民族国家であるカナダには様々な人種が住んでいるため、他文化を尊重し、柔軟性を持って隣人たちとうまくやっていくことの重要性も学びました。

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私自身は21歳で学生結婚をし、3人の子供を出産、時には主婦の友達の影響で、自分も仕事を休んで子育てをしたいと思ったことがありましたが、夫はアーティストとして生計を立てていきたいと願っており、3人の子を育てあげ、なおかつ自分の好きなことを実現したいと思ったら、それなりに経済的独立ができていなければ、すべてが夢で終わってしまうと思い、起業という選択をしました。

これは一番下の子がわずか4ヶ月の時の事で、長女7歳、長男2歳、そして次男4ヶ月の核家族の冒険のスタートでした。

会社を黒字経営に持っていくというのは、とても大変なことで、この大変さを前もって知っていたら、果たしてこの道を選択していたかどうかというと、選択していなかったのではないかと思います。

カナダでの経験から、あまり日本国内での女性のあり方、そして「こうあるべき」という通常の慣習に縛られていなかったために、私の選択肢は概ね時代の先端を行っているものでした。

今は昔のように永年雇用という時代ではなくなり、稼ぎ頭であった男性たちの雇用に暗雲が立ち込めることも多くなると、女性も一生涯キャリアをもって仕事を継続するということが生活の安定につながるということが認知されるようになってきました。

そのため今を生きる女性たちには、昔のように、型にはまった人生を強要する風潮も少なくなりました。今は女性も自由に自分自身で人生を選べる時代です。

女性にはキャリアを持ってもらいたい、恋愛も、結婚もしてもらいたい、そしてお母さんにもなってもらいたい。女性には欲張りに生きてもらいたいと常々思っている今日この頃です。

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芳子ビューエル

ビューエル 芳子

㈱アペックス取締役社長、㈱アルト代表取締役 北欧輸入の第一人者、通販コンサルタント 「産後復帰率100%、希望退職率0%」を目指す経営者 働きながら子育てをできる環境を整えることや、ワークライフバランスの重要性を訴え、 ワーキングマザーにとって働きやすい制度を推進。 自身も3人の子供を育てながら、2社を設立し、合計で年商20億円を実現する企業へと育て上げる。 輸入商社アペックスは世界的に有名なデンマークブランド「menu」「DYKON」等、 北欧の大手メーカー7社の日本代理店であり、年商は約13億円。多 くの日本企業に北欧の商品を供給しており、昨今の「北欧雑貨・家具ブーム」の礎を築いたとも言われる。

WEB : http://yoshiko-buell.com/

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